浄心院、織田昌子

太田資高夫人、北条氏綱の娘の浄心院が佐川の男。
織田信良の娘、徳川忠長夫人の織田昌子が宿屋のばあさん、飼い柴犬、のみ。

「のみの薬」
(高知県の昔話)
むかし、佐川というところに住んでいた男が用事で旅に出た。
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そして、ある宿屋にとまったところが、のみがたくさんおって、いっこうにねむれん。「ひどい宿屋にとまったもんだ。だが、帰りには、またこの宿屋にとまらなくてはならん。 はて、どうしたものだろう・・・・・」しばらく考えておったが、とても、いいことを考えついた。
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そこで、宿屋のばあさんをよんで、
「おたくには、えらいたくさんのみがいるが、このままにしておくのは、もったいない。わしの住んでるの佐川の薬屋には、薬のもとになるというて、のみを高く買う店がある。ばあさんも、のみをあつめて売ったらどうじゃ、もうけができるぞ。」
というと。「それは、いいことを聞きました。 それなら、1匹ずつかまえましょう。」
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家にいるのみを残さずつかまり、ばあさんがいうと、
「後ろにまたここでとまるから、それからって、売ってきてやろう。」
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男は、そういって出かけて行った。 三日後、男がこの佐川の宿屋にとまると、ばあさんが一生懸命、のみをとったおかげで、のみは1匹もおらず、それはよくねむれたそうな。
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そこで、次の日、宿を出ようとすると、ばあさんが、のみを集めた袋をもってきて、
「さあ、こののみを佐川の薬屋に売ってくだされ。」というた。           
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すると、男は、
「これでは、売りものにならん。のみを二十ぴきずつくしにさして、売りに出すのじゃ。」
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それでなくては、とても数えられんでのという。
     (おしまい)
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(参考出典:母さんからの日本昔話・本好きな子にする読み聞かせ カラ-版、1980年、学研研究社刊)

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河原殿、生駒高俊夫人、前野忠康夫人

内藤隆春の娘、吉見広頼夫人の河原殿が船頭。
土井利勝の娘、生駒高俊夫人が女に化けたアヤカシ。
前野康長の娘、前野忠康夫人が乗船客の男。
 
「人をおそうアヤカシ」
(千葉県の昔話)
むかしむかし。
ある岬に、一そうの船がつけられました。
「たしか、ここにいい井戸があったはずだ。水をくんでおこう。」船頭がいうと、乗船客で、ひとりの男が陸にあがっていきました。
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少し行くと野原があり、そこで美しい女の人が水をくんでいました。男は女の人がくみ終わるのを待つことにしました。
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すると、女の人はふりむいて、「おや、船でいらしたのですね。私が水をくんでさしあげましょう。」といって、男の持ってきたおけに、いっぱい水をくみました。「いやいや、水くみは力がいるのに、もうしわけないことです。」
男がいうと、女の人はにっこり笑って言いました。
「なれておりますから。」
男はよろこんでおけをかつぐと、船にもどりました。
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「おや、ずいぶん早いじゃないか。どこで水をくんだんだ。」
船頭が聞くと、男はこたえました。
「この上の野原でくみました。 いや、自分がくんだというより、きれいな女の人がいて、くんでくれたのです。田舎とは思えないほど、きれいで品のある人でした。」
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すると、船頭はまっ青になっていいました。
「そんなところに、井戸はなかったはずだ。前にも、水をくみにいって行方不明になった男がいたぞ。その水はすぐすてろ。出発だ!」乗船客の男は、急いでこぎだしました。
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すると、あの女の人は岬に現れたと思うと、ザブンと海にとびこんだのです。
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「あれはアヤカシというお化けだ。 つかまると、海にひきこまれるぞ!」
でも、アヤカシの早いこと。あっというまに船に追いつきました。
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乗船客の男は、必死になって、櫂でアヤカシをたたきました。
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アヤカシはその櫂にしがみつきます。でも、とうとう力が尽きたのでしょう。櫂をはなすと、海の中に消えていきました。
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「ああ、もうすこし気づくのがおそかったら、あぶないところだった。」
船頭は胸をなでおろしました。アヤカシは海蛇のようなものだとも、海で死んだ人の魂が仲間をもとめて出るのだともいいます。  (おしまい)
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(参考出典:妖怪のとびら・お化けをよぶ百物語、千葉幹夫/著、リブリオ出版)

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最上義定夫人、積翠院、心月院

上杉定実の娘、伊達尚宗夫人の積翠院がタヌキ。
積翠院と伊達尚宗の娘、伊達植宗の妹の最上義定夫人がカワウソ。
白石宗実の娘、白石宗直夫人の心月院がキツネ。

「カワウソが読んだ手紙」
(岐阜県の昔話)
むかしむかし、キツネとタヌキとカワウソ
が、重ばちをひろった。
「なにが入っとるしらん。」ってあけてみると、
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なんと、中には、ぼたもちがいっぱいつまっとった。
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おまけに手紙も入っておる。
そこでカワウソが、
「よし、そんなら、おれが手紙を読んでやろう。」
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キツネとタヌキがのぞいてみんようにして、「ふんふん。 これは水でぬらさないと読めんようになっとる。」って手紙を水でぬらかして、
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「「キツネ、タヌキはひとつつまれ。のこり、カワウソみなまいれ」と書いてあった。」って、
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キツネとタヌキにぼたもちをひとつづつをやって、
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カワウソは残りをみんなもって川の中へ入ってしまいました。(おしまい)
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(参考出典:読みがたり岐阜のむかし話、日本標準刊)

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上月鈴、河野局

小早川秀秋の家老・平岡頼勝夫人、妙寿院と上月景貞夫人、黒田官兵衛の姪の上月鈴が、ばあさん。
河野季通の娘、蠣崎季広夫人の河野局が、たぬき。

「たぬきをだました話」
 (長野県伊那市の昔話)
むかしのある年、秋が過ぎて寒くなった頃、おばあさまが火を焚いておくと、たぬきが火にあたりに来ました。
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むかしだもんで、おばあさまは火で、蕎麦焼き餅を焼いて食べました。 そば粉を水でかいては、火と灰の混ざった中へくべておくと、甘くくるくると丸かって、ちょうど食べごろになりました。
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ところがそのうちに、うまく焼けた自分で食べると思っては火を荒げているが、蕎麦焼き餅が、ちっとも出てこないようになった。
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どうもおかしい。 入れとかななくなってしまう。 そこでおばあ様が隠居の戸の隙間から見ておくと、
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たぬきがちょっと出てきて、たぬきの八畳敷きの金玉が広げていて、蕎麦焼き餅を包んで持って行っちまった。
なんだたぬきの仕業かというわけで、
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吹きこんだ、昼間のうちに蕎麦焼き餅のような色をしたちょうどいい大きさの石を見つけてきてそいつを火の中へくべておいた。たぬきは、そんなことは知らないので、熱く焼けた石を金玉へ包んで持ってたら、
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それっきり、たぬきは来ないことでした。そういうこと聞いとる。
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(参考出典:伊那のむかし話、伊那毎日新聞社刊、一ノ瀬義法/編著、1978年)

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稲葉福正坊の娘、鮭延殿、上月花

乾和宣夫人の稲葉福正坊の娘がお父さん蛙、婆さん蛙。
佐々木貞綱の妹、小野寺景道夫人、小野寺義道の母の鮭延殿がお母さん蛙、馬。
上月景貞と妙寿院の娘、黒田官兵衛の姪、上月鈴の妹の上月花が3匹の子供蛙。

「雨に蛙がなくわけは」 (岐阜県の昔話)
むかしむかし、それはそれは仲の良い夫婦が住んでいました。
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この夫婦には3匹の子供がいましたが、これが、どれもこれも、ものすごくへそまがりで、お父さんやお母さんの言うことを、ちっとも聞きよらんかった。
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親が西と言えば東、右と言えば左と言うように、親の言うことに逆らってばかり降りました。
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ある晩のこと、子供が寝ているうちに、お父さんとお母さんは話し合いました。
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翌朝、両親と子供たちは婆さんちへ出かけました。。「北の婆さんちへ行こう。南は馬の道があって、それは大きな門がとっていくちゅう恐ろしい道があるんじゃ。」と両親は言った。
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ところが子供たちは子供たちで、「いっぺん、お父さんやお母さんの言われた通りに、してみようか。」と話し合いました。そこで、お父さんが、「南の婆さんちへ行くぞ。」と言うと、3匹は、言われた通り南の方へ飛び跳ねていきました。
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お父さんとお母さんは、もうびっくりしたのなんの。何にも、逆らって欲しい時に、そのまま聞き寄ったりして!と、ものすごく勢いで追いかけていきました。
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やっとこさ追いついて、通せんぼしたところが、馬の道の上でした。ところが、急いでたもんで、ようまわりみとれんかったんだ。大きな馬の足が・・・・・・。
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あっという間に、お父さんとお母さんを踏んづけてしまいました。
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3匹の子供たちは、泣く泣く2人のお墓をつくりました。雨降る前や雨降りに、いつもアマガエルが鳴くのは、雨が欲しいからやないんやと。
お父さんとお母さんのお墓が、流れてしまう流れてしまうと言って泣きました。  (おしまい)
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(参考出典:読みがたり岐阜のむかし話、日本標準刊)

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内田姫、石田宗朝の娘、勝加平治夫人、斎藤仁左衛門の娘、義岡殿

秋月種長の娘、内田種正夫人の内田姫が村の子供。
石田與純(いしだよしずみ)夫人の石田宗朝の娘が村の子供、犬。
梶正道の娘の勝加平治夫人が村の子供。
黒田利高夫人の斎藤仁左衛門の娘が弘法大師。
田代清盛の娘、義岡久信夫人の義岡殿が村の人。

「弘法と麻」
(福井県おおい町の昔話)
むかしむかし、弘法大師さんが回っておいでたんや。 
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そしたら、 槇谷の名田庄村のとこになあ、村の子供たちが麻畑あたりで暴れながら遊んでいて、麻をなんぼ蒔いても生えません。
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村の子供たちが石投げで遊んだり、犬がしょんべんしたりのやりたい放題で村の人は困った。
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ほんで、それがどういう意味やというと、弘法大師さんがおいで、折に、
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「麻ん中に隠さしてくれ」というたら、
「あそこには、はいってならん」というて、村の人は言いました。弘法大師と麻 (3).jpg
それからもう、麻畑はなんぼ蒔いても、生えなかった。
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弘法大師はまた、同じ槇谷の松原の奥の川べりの岩に杖でカラウスツボを彫ったという。   
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(参考出典:日本の昔話1・若狭の昔話・1972年、日本放送出版協会刊)

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岩倉殿、坂本久政夫人、宇都宮尚綱夫人、包久局

松平信忠夫人、大河内満成の娘の岩倉殿が親父。
大平俊堅の娘の坂本久政夫人が孫。
結城政朝の娘の宇都宮尚綱夫人が娘。
包久景忠夫人、村上景広の娘の包久局が旅の坊さん。

「ゆるぎ石」
(高知県土佐清水市の昔話)
今でも動いてるんですよ。
むかし、足摺岬の磯に行くと、鏡餅のような石がなんぼでもあるんですよ。それを三つ四つ重ねて置いて、それ(ゆるぎ石)を動かすと上に積んである石が落ちるんですね。
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で、落ちると親孝行もん、
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落ちない人は親不孝もんなんですね。大きな何十トンもある石ですがね。
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親孝行もんは、親の肩を揉むのが象徴だったんですね。いくら力があっても(ゆるぎ石は)簡単には動かないんだ。 ところが、娘でも孫でもいいから、親の肩を揉むように根気よく調子をそろえてやっておれば、
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だんだんかだん揺れ 大きくなって落ちると。だから、親の肩を揉み染めている者は落ちる。つまり親孝行者は落ちると。そういうふうに説明を加えているんですよね。
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もうひとつは、試し岩とも言われてますけど。 七不思議回る範囲は全部お寺の境内ですから、罪深い者は入れないと。
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で、罪の深さを計るのに旅の坊さんは、この石を使ったと。罪の深さを計るから動かしてみよ言うたら、誰でも、あ、悪い事がばれるかなというて、ためらうんですね。
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そのためらう顔色を見て、旅の坊さんは罪の深さを計ったんですね、とも言われてますね。(おしまい)足摺8.JPG

(参考出典:大きな活字で読みやすい本シリーズ、いまに語りつぐ日本民話集[第3集]②石や岩の伝説、作品社刊、原題「動石(ゆるぎいし)」)

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石井与次兵衛の娘

石井助太郎夫人の石井与次兵衛の娘の水色ビキニ姿と白ビキニ姿と黒ビキニ姿。
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愛媛県西予市のギャラリーしろかわで開催中の今年のかまぼこ板の絵展の作品集で私の作品が一次通過されたため掲載されました。フルートを吹く女です。この作品アップしました。https://rekisimizugi.at.webry.info/202204/article_38.html

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明智革手(明智倫子、その6)

明智光秀の娘の明智革手(倫子)が、みみず。

「みみずの京まいり」
  (新潟県長岡市の昔話)
むかしむかし長岡の小松原に、みみずがいました。明日は京参りに出かけるのが楽しみだから、夜早く寝ました。
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翌朝になり、みみずが京まいりに出かけた。
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そうすると、みみずが、ズランとズランと、ベランとベランと土をなめた。
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またズランとずっちゃ、ベランとなめた。
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またズランとズランと、ベランと······いつまでたってもきりがないから、みみずは土をなめ続けた。
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やっと、京の都が着きました。
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無事に京の伏見稲荷のおまいりすることができました。 (おしまい)IMG_20220803_161224.jpg

(参考出典:日本の昔話2、とんと昔があったげど 第2集、越後の昔話、1958年、未来社刊)

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福原資孝の娘、大田原局、久野の方、井伊直滋夫人

大田原増清夫人の福原資孝の娘がタマヨリヒメ。
福原資盛夫人、大田原晴清の娘の大田原局が丹塗の矢の男。
福原資保夫人の久野の方がホノイカズチノカミ。
井伊直勝の娘の井伊直滋夫人がカモタケツノミノミコト

「丹塗の矢」
(京都府京都市の昔話)
むかしむかし、うるわしい乙女があった。名をタマヨリヒメといって、カモタケツノミノミコトの娘であった。
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あるとき、京都の瀬見の小川のほとりで遊んでいると、赤く塗った。丹塗(にぬり)の実が 上から流れてきたそうな。丹塗り2.JPGタマヨリヒメはその矢をひろって、家へもってかえり、床(とこ)のあたりにさしておいた。丹塗り3.JPG夜になって、矢はたちまち男となった。丹「塗り4.JPGそれからしばらくして、丹塗の矢の男とタマヨリヒメは男の子を生んだ。丹塗り5.JPG
やがて、その子は大きくなり、成人の式をあげることになった。
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おじいさんのカモタケツノミノミコトは、広い家をつくり、おおぜいの神々をあつめ、戸という戸をしめきって、七日七夜の酒もりをした。そしてその子に、「おまえの父とおもう人に、酒をのませよ。」と、しみじみといった。すると、その子は、さかずきをさしあげ、丹塗り7.JPG天むかって礼をする とたちまちいかずちとなり、屋根をつきぬいて天にのぼっていった丹塗矢は、ホノイカズチノカミであったという。
  (おしまい)丹塗り6.JPG

(参考出典:松谷みよ子のむかしむかし5、(日本の神話2)講談社刊)

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木造師茂夫人(2)

木造政宗の娘の木造師茂夫人がハッピーターン焼きそばを食べるところ。

ロングセラーの亀田製菓のハッピーターンが東洋水産のカップ焼きそばになりました。
食べてみると、独特な甘みのあるパウダーが同じ味で再現し、甘みがある食べやすい塩焼きそばでした。
これはスーパーで見つけました。
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蒔田定正夫人、水野忠保夫人、蒔田定正夫人、辻姫

戸田尊次の娘の蒔田定正夫人が上原なにがし。
戸田尊次の娘の水野忠保夫人が殿様。
戸田尊次の娘の蒔田定正夫人が家来。
戸田尊次の娘の辻姫が家来。

今日から8月に入り、まだまだ猛暑が続きます。日本の民話コーナーが250話目に突入します。今回は涼しそうな日本の民話を紹介します。

「童洞淵」
(香川県高松市の昔話)
むかし、讃岐の香川郡安原村というところに、童洞(どうどうが)淵という、知れぬ淵がある。この国さまがこの村に巡視にこられたとき、淵の深さをはかろうとおもって、
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「だれか、この淵にはいって、深さをはかるものはないか。」というた。しかし、みるからにおそろしげな淵なので、家来たちも顔をみあわせ て、だれひとり名のり出るものもなかった。
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すると、村の上原なにがしという若者が、「わしがいきます。」という名のり出た。622BFD40-8C3A-4996-AEE3-D480337EDB8F.jpeg
殿さまはよろこんで、 「よし、無事に淵の底までいってきたときには、ほうびをとらすぞ。」と、そういうた。
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そこで若者は、千ひろもある長い縄を腰につけ、ザンプと淵へとびこんだ。 そうしてどこまでももぐっていくと、深くなるにつれ、次第にあたりはうす暗く日もさんさんようになったが、ふと気がつくと、いつのまにか水はなく、ほんのりと光る渚に立っておった。
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若者は、夢でもみているようにぼんやりして、「わしは、淵の底へおりたはずじゃに、どうしたこっちゃ。」と、首かしげながら歩いていくと、あたりは段々明るくなってきて、みわたすかぎり、広い川原へ出た。
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足元がぼうっと明るいのでよくみると、砂も石も、どれもかがやく玉であった。帰りにはひろっていこうかい、とおもいながら、だんだんといくと、はるかむこうに山があって、そのふもとにまばゆくてりわたる宮殿がそびえておった。そのうつくしさは この世のものともおもわれない。月の世界か、龍宮へでもきたようであった。
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ところが近づいてみると、門の扉は、ぴたっとしめられている。 若者は、どうすりゃととほうにくれたが、ともかくも、ここはどこなのかたずねてみようとおもって、ほとほととたたいた。
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すると中から、おそろしい声でこたえるものがある。「ここは人間のくるところではない。しかし、おまえはできたのだから、このたびだけは許すけれども、ここを出てから、けっしてこのことを人にかたるな。もし、語ったときには、たちどころに命はないぞ。」
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若者はふるえあがって、声もとぎれがちに、けっして人に語らぬとちかった。そして、そうそうにひきかえそうとして、二、三があるきだし、ふと気がつくと、いつのまにかもう淵の上に出ていた。その顔色はあおざめ、息もたえだえであった。さまはことのほかごきげんで、ようしたようしたと、短刀ひとふりまわって、無事帰られた。
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それから、長い年月がたった。 若者もいつか七十の坂をこし、ふとしたことからおもい病のとこについた。もはや命もこれまでとおもったとき、上原なにがしは、家のもの、親類のものを枕元によんでいった。
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「今まで約束があってかたらなんだが、今語らなければ、このことはだれ一人しらんでおわるじゃろ。わしの命もこれまでだから、いいのこしておく。」といってとこの上におきなおり、わかい日、どうどうがふかくもぐった日のことをかたりきかせた。あまりのふしぎさに、ききおわっても人々は、しばらくはかおをみあわせていたが、やがて、もうすこしくわしく聞こうとひざをすりよせると、もう老人の息はたえていた。
この淵は龍宮の南口じゃと、いまにいい伝えている。  (おしまい)
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(参考出典:松谷みよ子のむかしむかし8(日本の伝説3)、講談社刊)

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松浦天祥夫人、常法院、松平忠国夫人、松平忠国の母、土岐為頼の娘

一柳直盛夫人、一柳直頼の母の常法院がお夏。
戸田氏鉄の娘の松平忠国夫人が尼御前。
松平忠国の娘の松浦天祥夫人がお夏の母。
松平信一の娘、松平信吉夫人の播磨明石藩主の松平忠国の母が村人。
里見義尭夫人の土岐為頼の娘が村人。

「お夏のがん洞」
(石川県加賀市の昔話)
むかし、加賀は橋立の加佐ノ岬あたりに母親と娘が住んでおった。
お夏は、母親の病気を看病する孝行娘でした。
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お夏は、毎日海にもぐり 100 個のサザエを取って生計を営んでいた。
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あるとき、99までサザエを取ったが、あと一つ取ることができなかった。
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尼御前と村人は「おい、お夏、このがん洞は絶対に入るな。」と引き止めるように言われたが、
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それでも、お夏は諦めず、誰も取ったことのないようながん洞を見つけ中へ入った。しかし、ついにお夏は戻らなかった。
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その後、村人はこのがん洞をお夏のがん洞とよんでいました。
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また、尼御前が海に入っても二度と帰らなかった。 海の人身御供な話でした。 (おしまい)
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三条姫、内藤隆春夫人、木野御前

内藤信成の娘の三条姫がえんま大王。
吉見隆頼の娘の内藤隆春夫人がブサイクな女。
大友親治夫人、木野親則の娘の木野御前が亭主。

「無理な願い」  (東京都の昔話)
むかし、やきもちやきで、美人が鬼はほど遠い女がぽっくりと死んで、えんまの庁へやってきました。
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鬼たちがえんま大王のところに連れていくと、「えんまさま、お願いがあります。なんとか幽霊にして、シャバへ帰らせてください。憎らしい亭主にたたってやらねば、心でも死にきれません。」
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えんま大王は、これを聞くと、ガハハハと腹をよじりの大笑い。
「幽霊は美人がなるものと、決まっておる。その顔はな、無理じゃ。」
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願いをはねつけられたうえに、手酷い侮辱をうけた女がしゅんとしていると、気の毒に思った鬼たちが、女に耳打ちしました。
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「化け物にしてもらえ、化け物にな。」
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というわけで、女は化け物になり、家に戻り、亭主を驚かせた。
    (おしまい)
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(参考出典:新·日本のおばけ話-わらい話シリーズ、おなかがヨジヨジわらい話、木暮正夫/著、岩崎書店)

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渡辺勝綱夫人、今井信元夫人、大井民部夫人

梶正道の娘の渡辺勝綱夫人が母さん。
大井信達の娘の今井信元夫人が息子。
大井行真の娘の大井民部夫人が道具屋の主人。

「七輪買い」
(鳥取県八頭町の昔話)
むかし、八頭の用瀬(もちがせ)の佐治谷という村に愚かなものな母さんが
「用瀬に出て七輪を買うて来い。」
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っていわれて、息子が買いに行った。七輪というのは、土からできたコンロのこと。 用瀬まで出るのが大変だったけど、
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それを用瀬の境目の別府(べふ)の道具屋で仕入れた 。
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別府で五厘で買って持って帰った。
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五厘といったら、一厘あたり千分の一円で、むかしの貨幣単位のことだ。
「これは七輪じゃない。五輪じゃ。」
といったら、
「どうして五輪じゃ。」
というと、
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「別府まで出たんだから、これは五厘で買っただから五輪だ。」
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と二負けさせたいうとこですなあ。(おしまい)
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(参考出典:日本の民話8・山陰、ぎょうせい刊)

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永見局、曾我尚助夫人、三宅長利夫人

永見貞愛(結城秀康の双子の兄)夫人、永見貞安の母の永見局が若い女。
酒井忠次の養女の曾我尚助夫人が山賊。
曾我尚助の娘の三宅長利夫人が通りかかる旅人。

「ことしも十九」
(島根県津和野町の昔話)
むかし、島根の日原町の八幡さまからすこしいったところに、ぶんぶん岩という岩があった。いまはすっかり開けたが、むかしはさびしい、気味の悪いところだった。
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ある晩のこと、若い女が糸をつむいでの帰り道、ここで山賊に殺された。それから、
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夜ここをとおると、
去年も十九
ことしも十九
ぷりんぷうん
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と、歌を歌って、糸車をまわす音がきこえた。そこでここを、ぶんぶん岩というよう になった。
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またあるときは、少し離れた野原で、やっぱり夜、
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去年も十九
ことしも十九
といって、その娘がおどりをおどっているという。
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そこでここを、十九原という。
(おしまい)
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(参考出典::松谷みよ子のむかしむかし6(日本の伝説1)、講談社刊)

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櫛橋政伊夫人、鷲見局

梶原景辰の娘の櫛橋政伊夫人が里の若い男、温泉旅の現代女性。
鷲見半四郎夫人、日野元重の娘の鷲見局が鷲、温泉旅の現代女性。

「鷲の湯」
(山梨県甲府市の昔話)
甲府には湯村温泉があって、今でも温泉街もあります。
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むかし、その辺の一面に茅が生えの荒野であった。 一羽の病にかかる元気ない鷲が飛んで来て、
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茅の中に姿を見えなくなった。
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鷲はまた飛び去り、七日ばかり続けて全快して来なくなった。
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ちらっと鷲の様子を見た里の若い男がそこを掘ると、
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熱湯が勢いよく噴き出て、それはそれは見事な温泉となった。
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これは山の神様が病から治した鷲の姿を借りて、温泉を教えたのであろうと、里の若い男は一社を建てて、湯の権現に祭った。
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今も湯村には鷲の湯は残 っているそうな。
   (おしまい)
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桑波田正雲夫人、宍戸景好夫人、八戸殿、児玉殿、川上忠克の次女、野分、川村殿、道通殿

川上忠克の娘の桑波田正雲夫人が潮干狩りの村人、亡者の人間。
村上景親の娘の宍戸景好夫人が父さん。
八戸但馬の娘、九戸信仲夫人の八戸殿が浜吉。
児玉元良の娘、益田景祥夫人の児玉殿が母さん。
島津実久夫人の川上忠克の次女が津波にあう村人。
島津御下、伊集院千鶴親子の同行女房衆の野分が亡者の人間、津波を知らせる老人。
川村重久夫人、板倉勝重の娘の川村殿が亡者の人間と牛。
阿部忠秋夫人、稲葉道通の娘の道通姫が亡者の人間と馬。

「みちびき地蔵」 (宮城県気仙沼市の昔話)
東日本大震災の津波が起きる前の240年前ぐらいのむかし、気仙沼の大島という村に父さんと母さんと息子の浜吉が住んでおった。この地では椿が咲く場所でした。
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端午の節句前に母さんと浜吉が隣村へ田植えを楽しく手伝いました。
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手伝い終えた帰り道の近くに不気味な人影の行列がお堂へお参りしていました。
「もしかして、亡くなった人のためのお参りだな。」
「おっかぁ、早く帰ろう。」
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あの行列は、津波にあって亡くなった人たちが地蔵様にお参りしていました。浜吉親子は怖くて家へ急いで帰った。
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それを聞いた父さんは、
「ハハハ、お前ら、狐でも化かされたんだよ。」
二人が見た亡者の列が来た話を父さんは信じませんでした。
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翌日の端午の節句、田中浜の海辺で、大勢の村人が集まる潮干狩りを行った。浜吉一家もたくさんの貝がとれた。
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一人の老人は沖を眺めながら潮が上がらないのが心配したが、風が吹き、空と海が真っ暗になり、気味の悪い海の音がして、波が激しく襲いかかった。「おーい、津波だぞ!」と指しながら知らせた。
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浜吉一家も村人たちも津波が来て、あわてて逃げだした。裏山までいくら必死に逃げても、村人たちも牛馬6頭もそして、老人も津波にのみこまれてしもうた。 
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生き残ったのは浜吉一家だけでした。
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すると、おひさまが昇り、光り輝くと、地蔵様の姿が現れ、村人や動物の魂として天空から導かれた。これがみちびき地蔵という。
   (おしまい)
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この作品は、明日開催の関西平和美術展に、みちびき地蔵と一昨日更新した山百合になった兎ともに一体化とした作品を飾ります。 

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竹腰春

大久保忠隣の養女、竹腰正信夫人の竹腰春の赤ワンピース水着姿と黒ビキニ姿とターコイズブルービキニ姿。
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ここで私の展示作品のお知らせします。
第70回関西平和美術展
場所は、堺市立文化館ギャラリー
(アルフォンス・ミュシャ館併設)
電話072-222-5533
入場無料
朝10時から夜6時まで、最終日は昼4時まで
入館閉館が30分前まで
アクセス
JR阪和線堺市駅まで (快速)・大阪駅から約25分、天王寺駅から約10分
またはJR阪和線堺市駅下車徒歩約3分

私の作品も飾ります、今回は、みちびき地蔵を飾ります。中止から2年ぶりの開催です。ぜひ見に来てください。
関西平和美術サイトも見てください。http://kannsai-heiwa.net/

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