長野正勝夫人、とも(日秀)、村尾殿、東郷重政の娘

豊臣秀吉の姉のともが、細田の爺さんの牛。
分部光嘉の娘の長野正勝夫人が細田の爺さん。
栗山利章の母、栗山善助夫人の村尾殿が子熊から大熊。
新納久道夫人の東郷重政の娘が立谷の牛。

「立谷の牛」

(福島県の昔話)

むかし,相馬の細田には,爺さんがいた。よく牛を連れては天明山麓へ柴刈りに行った。

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ある寒い冬の日,いつものように山麓まで来た時,祠の中に1匹の子熊が寒がっているのを見つけた。

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爺さんはかわいそうに思い,家に連れ帰り、牛につけて,その乳を飲ませた。牛はよく子熊をいたわり、何年か育てた。

CA63A741-25F5-4070-918A-9A6522DD0C7F.jpeg その頃、村の神社の祭りに闘牛が行なった。

立谷に力自慢の大牛がいまして,毎年の大勝利を得て評判高く、本年の優勝するため毎日練習した。

DA3864C5-3A3E-4904-BFDF-6590E1587FC0.jpeg ところが、その相手が細田の爺さんの牛でした。爺さんの牛の育てた子熊はやがて、一人前の熊となり、いつの間にか行方不明、そのまま何年か過ぎた。A94CBC4D-EBC4-4EE2-968A-C3A52DDE9CE7.jpeg

今年の闘牛は、立谷の優勝牛と細田の爺さんの牛だと、近郷近在では興味ある話題でした。

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いよいよ豊年祭りの奉納闘牛の日がきた、爺さんの牛は爺さんや村人々に連れられて神社に行った。

やがて時間経ち、立谷の牛の姿が居ない、立谷の方では、闘牛の準備していたんですが、

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当日の朝になって昨夜まで元気だった牛の姿が見えず、探したところのあたり一面に大熊の足跡を見つけた。

立谷の牛は大熊にさらわれました。

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それで立谷の牛は不参のため,細田の爺さんの牛は不戦勝で本年の優勝をしました。宝の山どっさり背負い村へ帰った。

B7F435DD-D68F-41E9-9DCB-41A5614D39F0.jpeg 大熊は、数年前に恩を受けたあの大熊だったので間違いないでした。

  (おしまい)

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この記事へのコメント

2020年12月03日 13:07
こんにちは♪
熊の恩返しですね♪
熊でも動物でもご恩を忘れないのに、最近の人間は(怒)
と思う私は、年を取ったのかな(笑)
sisi
2020年12月17日 07:36
もうヘトヘトさん、ありがとうございます。熊も脇役の楽しさですね。牛と熊の愛情を感じます。