和田定利、青山幸利夫人、伊勢龍、和田惟長,宗像氏続夫人、光本の方

和田惟政の弟、和田惟助の息子の和田定利が最初の侍。
加藤明成の娘の青山幸利夫人が幽霊。
大津光本の娘の光本の方、問田弘胤の娘の宗像氏続夫人、鍋島直茂の娘の伊勢龍が城下町の人々。
和田惟政の息子の和田惟長が謡曲をうたう侍。

「八丁松原の幽霊」
(大阪府高槻市の昔話)

むかし、高槻の城下町から西国街道に向かう長さを八丁あり。
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両側の道には松が並んでいることを八丁松原とよぶ。
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八丁松原には田んぼが低く少し雨が降ると水浸し、まるで湖みたいな橋だ。
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ある雨の夜、
一人の侍が八丁松原へ歩き、すると、侍の傘の上を不思議に触れることを感じる。
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いや、松の枝に触れたかもと思いながら歩き、今度は傘の上に青白く光る。
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松には変かなと思うても、傘の上を見た途中、腰抜かした。
それは傘の上にのっかった幽霊でした。
そしたら恐ることになった。
幽霊がす~と出てきた。
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「助けてー。」
と、侍は家まで逃げ帰って走り出した。
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この話を城下町じゅうに知らせた。
「八丁松原に幽霊やと。」
「傘の上に幽霊が出たんや。」
「バカな。」
「狐かー。」
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ホンマの噂通りを確かめて八丁松原へ何人か歩くと…。
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傘の上に幽霊が出た。
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みんなは腰抜いてしまった。
「怖いー!」
やっぱり逃げ帰った。
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そのころ、侍の間に知れわたり、侍はよく「謡曲」を好むが、謡曲のうまい侍を八丁松原へ向かった。
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歩くとき、青白く光った。
傘の上に幽霊が出た。
「あの幽霊か、よーし、ワシの歌で試すしかないやろ。」
侍は幽霊に向かって歌った。
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「高砂や~浦月の~帆をあげて~。」
すると、侍は歌をすますと‥‥。
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幽霊の姿がみるみる消えてしまった。
幽霊は謡曲を聴くと姿が消える弱点となった。
八兆松原15.jpg

こうして、毎晩歩きながら謡曲をうたうと、幽霊が二度と来られなくなるといい。八丁松原は安心して通ることになった。
   (おしまい)
八兆松原16.jpg

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この記事へのコメント

2019年10月10日 11:54
こんにちは。

この高槻の昔話は茨木で展示する作品ですかね。
sisi
2019年10月10日 20:51
トトパパさん、ありがとうございます。
はいそうです。
明日からこの作品も絵本展示します。
是非、茨木市役所南館に見に来てくださいね、楽しい展示になります。
2019年10月11日 10:16
おはようございます♪
余程、オンチだったのかな(ごめん)
歌が上手だったら、どうなったのかな(笑)
sisi
2019年10月14日 16:07
もうヘトヘトさん、ありがとうございます。
江戸時代ぐらいは丁寧に歌ったみたいでしたね。